RENOVATION / NEW HOUSE / STORE DESIGN
ACIÉ
東京都新宿区 2023 /Aug/ 01 updated「カフェでもないバーでもないお店にしたかったんです」と静かに語るのは、神楽坂の路地裏に新しく『coffee and wine ACIÉ(アシエ)』を開いた岩井悟さん。コンセプトは「カウンターでお客さんから話を聞きセッションをして、好みにあったドリンクを“処方する”」店、という言葉を聞いたDEN PLUS EGGの担当のYさんは、パリの老舗ハーブ薬局を想像しました。
ものをつくりだすことに興味があった悟さんは美大卒業後、料理学校にも通い、飲食店のコンサルタントやレストランで料理に合わせてノンアルコールのカクテルをつくるペアリングなどの仕事をしていました。DEN PLUS EGGを知ったきっかけは、悟さんのお母さまがインテリアの仕事で、金具などパーツ類を探しているときにホームページを見つけたこと。すぐに事例にあった『サルーズキッチンマーケット』や『コンカ』をお母さまと共に訪ね、内装や雰囲気を見てとても気に入りました。「DENさんのアンティークの使い方は、普通とは違う気がします。例えば、イギリスの小学校の教室で使われていた机の天板をカウンターに加工したり、アンティーク格子窓枠を室内の壁に取りつけたり、今まであまり見たことがなかったです」と悟さんは語ります。
あるとき、旅行の合間に苦楽園『D+E MARKET(通称:緑のお家)』で開催されていた展示会に行き、スタッフからDEN PLUS EGG東京オフィスが『サルーズキッチンマーケット』にあることを聞きました。後日、東京のオフィスを訪ね、空間全体の雰囲気、タイルやパーツなどディテールがすべて自分の好みに近いことを確信します。物件探しからの相談を始めて間もなく、神楽坂の路地裏にある築50年の古民家がリストアップされました。目指して来る人にしかわからない隠れ家のような路地裏の奥、けれど担当者のYさんは「奥まっていて雰囲気がいいですよ」とすでに完成のイメージを思い描いていました。悟さんもその物件の佇まいと空気感を気に入り、この場所に決めました。
そして、冒頭の「カフェでもないバーでもないお店」というコンセプトと一緒に、好きなお店、特にワインショップやコーヒーショップなどでカウンターがある店の写真を見せながら、「モダンな空間に少しアンティークを取り入れたい」と、好みのアンティーク家具などイメージを伝えました。担当のYさんはどこか感覚があっているのか身近に感じ、話も弾みます。
最初にあがってきたお店のパース図を、悟さんは一目で気に入りました。中央のアンティークのカウンターとキャビネットが、イメージしていたお店を見事に表現していたのです。お店の象徴とも言えるカウンターとキャビネットを据え、壁の色は店名からつながるテーマカラー「GRIS ACIER / グリ・アシエ」で塗ることにしました。店名の『ACIÉ』の由来は、フランスの伝統色GRIS ACIER / グリ・アシエ(ハガネのグレー)から。「グレーはモダンとアンティークをつなぐ色だと思うんです」と悟さん。
「この大理石の小さなカウンターを提案してくださったんです」と悟さんは壁際のカウンターについてのエピソードを話してくれました。「大理石の耐荷重を考えて床まで脚を付けるのが普通だと思うんですが、それでは美しくないからと、施工の方と工夫して、壁を補強して棚受けの金具だけで仕上げてくださいました」。さらに、「このドアの表面を見てください」と言って指差された入口のドアの表面をよく見ると、木の桟の表面にさらに一段細い縁取りの彫り加工が施された手仕事による美しい仕上がり。こうしたYさんの美しさに対する感じ方が悟さんの心をとらえました。
店内右手にある和風の窓は、その形やガラスの美しさから、そのまま残し、外の小さな庭ではローズマリーなど、ドリンクにつかうハーブを育てています。壁にはマンハッタンの風景画が飾られ、悟さんがイメージした通り、モダンとアンティークの要素をバランスよく取り入れた空間に仕上がりました。
悟さんの飲み物に対する審美眼は鋭く、お店では信頼できるお店から仕入れるナチュラルワイン、コーヒーも浅煎りから深煎りまで自分の舌で確かめた気鋭のロースターの豆を厳選して入れています。「どなたもつながりを大切にお付き合いさせていただいています」。また悟さんが一カ月かけて酵素発酵させたり乳酸発酵させたりしたてつくったシロップでつくるカクテルも用意しています。「シロップをつくる際にも、恒常性(ホメオスターシス)という均衡を保とうとする食物の作用を壊して調和を図る、ということを目指しています。ここでも現実の世界とお店の世界のゆらぎやバランスを楽しんでいただきたいんです」。
「カウンターからこの窓の外を眺めながら物思いにふける瞬間が好きなんです」と悟さんはお店が完成してから時間の使い方や過ごし方の豊さを実感できるようになったと言います。「この店に集まってくださったお客さまが、コーヒーを飲んだりワインを飲んだりしながらおしゃべりする時間を大切にしたいので、そういうことに共感で切る方に来ていただきたいです」。ワインが好きな方にコーヒーを薦めたり、コーヒーを飲むお客さまにワインを薦めたり、悟さんはカウンターの中で会話(セッション)をしながら飲み物をつくっていきます。路地裏の隠れ家的な『ACIÉ』に通うことで、自分の興味や食の好みが広がり、さらに新しい世界が見えてきそうです。
coffee and wine ACIÉ(アシエ)
東京都新宿区若宮町12-1